躓きの元

 ①ボタンの掛け違い1。
 昨年4月、町長辞表提出、そして数日後辞表撤回。これがT町の混乱の象徴となる。 あの場合辞表を撤回せず、町の事が心残りなら何故、Y市との合併を公約として立候補されなかったのか、その後の展開も違ったものになっていたと思われる。

 ②ボタンの掛け違い2。 
 前前回の町議選から問題の芽はあった。どうせ合併するのであるからと、立候補する人も、町民も選挙に本気で取り組んでいなかった様な気がする。 立候補者が少ないので無投票か?と言われ。O地区よりN,Oさんが議員になればT町の恥になるとかの理由でO地区の現議員Kさんが出馬する様、商工会よりも強力な後押しが有り運動した。結果Oさんは落選。その余波もあり、議員としての見識も常識もない(若い)人が3〜4ばかり当選した。

 ③その3
 昨年六月二十日の住民投票日の午前中に、H町派の議員3〜4人がニコニコ顔でT町長の家に行った。そして住民投票で1票でも多い方を尊重する様に、念押しをして帰った由である。それだけ自信があったのでしょう。 しかしあれだけ広告とビラを配布し、商工会議所、および所属町議がPRし(噂では500万円)費用をかけた割には効果がなく600票ばかりの差がで敗れた。 結果はY市、O町が4,600票あまり、H町とが4,000票であてがはづれ、ここでもボタンの掛け違い。